ホーム > スタッフブログ > 興奮の20日間  In N.Y. (前編)

スタッフブログ

staff_blog

興奮の20日間  In N.Y. (前編)

 28年前、それは僕が26歳の時。憧れのニューヨーク、初めての海外旅行、初めて乗る飛行機。
全てが初めての興奮の旅であった。ニューヨークでデザインの仕事がしたい。ただ、それだけだった。


 人生の岐路となった、一世一代の渡航計画。当時まだ、スチール家具メーカーに在職中のこと。
 ベルリッツに通い、マンツーマンの英会話猛特訓、デザイン事務所面接用のポートフォリオ作りと、
多忙を極めたが、あっという間に半年が過ぎ、ついにその日がやってきた。乗った飛行機は、アメリカ航空会社のフラッグシップだった、Pan Am(Pan American Air Line 後に倒産)。ドキドキの日本脱出プロジェクトのスタート。ブロンドのスチュワーデス(今はCAですね)は、見上げるほどデカく、搭乗客は外人だらけ。そうこうしている間に、ショッキングな出来事が発生。アレ?CAが何か言っている。機内放送が始まる。まったく、聞き取れない。あれほどスムーズな会話が出来ていたはずなのに、ベルリッツの入学金が頭をよぎり、空しい孤独感に襲われ、何故か悲しくなってくる。追い討ちをかけるように悲惨なことが次々と。初めての機内食が終わり、気持ちも少し落ち着き、ちょっと気取ってコーヒータイム。その時、惨事が!搭乗機がエアーポケットに入り、数十メートル急降下。後はご想像の通り。コーヒーカップが宙に舞い、そして、そのコーヒーが。。。何も頼めず、自分で拭いて、拭いて・・・疲れてそのまま安らかな眠りに。目が覚めると、機内放送が。なんとなく耳が慣れてきた。それは、JFK空港に着陸のアナウンスだった。ついに憧れのニューヨークに到着だ。JFKはめちゃくちゃ広い。なんとかタクシー乗り場を見つけて、列の最後尾に並んだ。
 そこで、再び事件が。実は今回の旅は、就職活動の他に、もう一つ目的があった。それは、ホテルに泊まらず、知人のアパートを借りて一人で生活することだった。

280=001.jpg 280=CAVZLJE8.jpg
「滞在したアパートメント」 「知人のレコードマネジメントのコンサルタントと」
ちなみに、後ろはとってもまずい和食屋さん

その知人からくれぐれも気をつけるようにと。日本人を見つけると、流暢な日本語で話しかけてくるもぐりのタクシーがいるから絶対に乗らないこと。案の定、本当に来たんです。そのベトナム系のやつは、僕のトランクケースを持って、大丈夫、大丈夫と言いながら、さっさとタクシーのトランクにしまい、早く乗れと言わんばかりに、自分は運転席に。 腹を決めて、乗ろうとすると、なんと助手席に乗れと。恐怖におののきながらも、言われるままに。 それから、空港の中をぐるぐると、タクシー乗り場に近付くと、ガードマンに笛を吹きながら追い払われる始末。そう、日本で言う白タク。色はイエローキャブだが、無許可のタクシー。つたない英語で約束の時間があるので早くしてくれと。それでも、やつは大丈夫、大丈夫。ところが、30分ほど、たつと、品のいい白髪の老夫婦、ビジネスマンなどなど、タクシーは満員に。やっと空港を出ると、高速道路は大渋滞。その渋滞を指差し、ほらねといわんばかり。急いでも変わらないよと。次々と客は降り、ついに僕一人。指定の住所に到着。恐怖の支払いだ。30ドル(知人から聞いていた料金にほぼ近い) やつが笑顔で手を出す。なんだいいやつじゃん。やつはネームカードを僕に差し出して、Good Luck! 結局、帰りも、空港までやつの車に乗ることになる。

280=003.jpg 280=004.jpg
「イエローキャブのボンネットにつけられる許可証(やつのキャブにはこれがなかった)」
280=005.jpg 280=006.jpg
「28年前にN.Y.にはこんなカッコイイバスが走り、カーテンウォールの高層ビルが建っていた」

いよいよ、ニューヨークのエキサイティングな生活の始まり。面接の合間に、スーパーで買い物、郵便局から日本に手紙を出して、美術館を巡り、デパートを巡り、あのティファニーへ、とにかく20日間、歩きまくった。この旅行で出会ったこと、出会った人、そして、ニューヨークの様々なデザイン。全てが僕の人生を大きく変えることになった。その滞在中のお話は次回後編に。結構笑えますよ。
*この当時デジカメなるものは無く、写真プリントを撮影したので、ぴんぼけです。
A.Y(デザイン室).

お気軽にご相談
お問合わせください

0334346451

0334346451

受付時間:平日9~17時

メールでお問い合わせ
  • スタッフブログ Staff Blog
ページトップへ