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興奮の20日間  In N.Y. (後編)

 アパートに着いたのは、夕方4時頃だったと思う。確か64丁目の西側、リンカーンセンターとセントラルパークの中間で、数ヶ月前に暗殺されたジョン・レノンの住んでいたダコタアパートの近くだった。


 まずは、アパートの周辺を探索することにした。スーパーマーケット、レストラン、ハンバーガーショップ、郵便局などの場所を確認。早速、スーパーマーケットで食料を買い込んだ。初めてのレジでは、ちょっと緊張したが、レジ打ちの黒人のおばちゃんの笑顔がとても優しくて、そのフレンドリーな対応にほっとしつつ、ニューヨーク生活始まりの実感が湧いてくる。夕食はさっき見つけたハンバーガー屋さんで済ませることにした。コーラとハンバーガーのセットを注文すると、早口でなにか言っている。聞きなおすと、お肉の焼き加減を聞いているのだ。へーーと関心しながらミディアムレアを指定。ハンバーガーのお肉の焼き加減を聞かれたのは、初めてだった。こうして、興奮の20日間はスタートした。
 その日の夜は、旅の疲れと時差ボケで熟睡してしまった。翌日はさわやかに目覚め、朝靄の中、早朝の町を散歩しながら夢のような時間を満喫していた。こんな早朝にも、パトカーや救急車のサイレンが鳴り響き、オフィスの電気は煌々とついている。眠らない町とは良く言ったものだ。などと感心しながらすっかりニューヨーカー気分に浸ってしまっている。

yama 002.jpg 滞在したアパート

 さて、今回の目的であるデザイン事務所の面接は、前編でご紹介したレコードマネジメントのコンサルタントにお願いして、大規模、中規模、小規模の3つの事務所をセッティングして頂いた。面接の前夜は、翌日を想定して自己紹介とポートフォリオの説明内容を夜中までかけて丸暗記する。これを3回もくりかえすと、かなり流暢な感じになってくる。その当時、日本のオフィスデザインは、欧米に比べてかなり遅れていたが、図面の精度(欧米でもまだ手書きが主流だった)やインテリアパースの技術などは非常に評価が高く、話も弾んだ。
 結局、コンサルタントと相談し、中規模の事務所にお世話になることにした。後談になるが、帰国後1年間情報交換を続けたが、VISAの問題(当時アメリカの失業率がもっとも高い時期だった)、先方の事務所の移転等々、結局、再渡米は実現しなかった。今思えば、根性がなかった。大変後悔している。

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大手デザイン事務所の役員室 これを見てその後のオフィスデザインで随分参考にさせて頂いた。ちなみに椅子はハーマンミラーアルミナム。 集中ファイリングコーナー 専門のスタッフがいて必要な書類を貸し出す。当時の日本では考えられない。

 さて、気持ちを切り替えて、この面接の3日間以外は、 全て自分の時間に割り当てニューヨークを歩きまわることにした。
 どうしても行きたかったメトロポリタンミュージアム、ニューヨーク近代美術館(MOMA)。この2箇所を回るのに丸2日もかかってしまった。繊細で且、迫力ある絵画や彫刻の数々、最先端デザインの品々など強烈な刺激を受けた。町を歩いていると、築100年以上の古いビルと斬新な超高層ビルが不思議な調和を見せ、そこをさっそうと歩くビジネスマンのスピードの速さに驚く。ブルーミングデールス(日本の三越のような有名なデパート)の洗練されたショーウィンドウ。華やかなティファニー。デザイナーの多いSOHO地区。最先端の町はとにかく飽きることが無い。

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メトロポリタンミュージアム
この掲示版は「絵画を保護するために照度を下げているので、あなたの目の調節をさせることをお許し下さい。」というなんとも親切な内容。ひとしきり感心する。

 ある夕暮れ、ニューヨークの生活にも大分慣れたころ、食事と言えばジャンクフードばかりだったのでたまには気取ってステーキでも食べようとレストランに入った。入った瞬間、ちょっと嫌な雰囲気がしたが、とりあえず席についた。客は僕一人だった。出てきたウェーターは身長が2メートルはあろう大男でリージェントヘアーのツッパリ兄ちゃんだった。恐る恐るステーキなどを注文し、待つこと20分。そのウェーターはとても乱暴に皿を置いた。その瞬間、皿の上のステーキがテーブルに半分滑り落ちてしまった。それを不愛想に皿に戻す。しかし、怖くてなにも言えない。それどころか大丈夫とかなんとか言っちゃって、おまけに笑顔だ。なにやってんだ?
 なにか、上辺だけでニューヨーカーを気取っている僕の頭をガーンと殴られたような気がした。これもニューヨークなのだ。とても良い経験をしたと思っている。

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ブルーミングデールスのファサード 化粧品売り場 ちなみにステージに立っているのは本物のモデルです

 20日間はアッという間だった。帰国の日、前日に予約を入れたあの白タク(ヤツの車)で空港へ向かう中、感慨に浸っていた。たった、20日間であったが、ほとんど日本語を話すことが無かったので、かなり英語にも慣れていたが、頭も体も疲れきっていた。搭乗すると機内はやはり日本人はまばらだった。たまたま、日本人のおばさまと隣り合せになった。日本語で挨拶を済ませ、後はニューヨークの余韻に浸ろうと思ったのも束の間、そのおばさま、英語がまったく話せない。なんでもニューヨーク在住の娘さんのところへ遊びに来たらしい。結局、日本に着くまで日本語で話しまくり、成田に着く頃には、すっかり日本人に戻っていた。
 この旅で、結果的には自分に根性が無く、就職は叶わなかったが、五感と体で感じた全ての経験が僕の宝物になった。また、未熟な僕にとって、無謀な挑戦であったかもしれない。しかし、やれば出来るというなんだか良く分からない自信がついたことは確かである。この良く分からない自信のせいで、この1年後に4年間勤務したスチール家具メーカーを退職。その後、弊社OMSの設立当初、2年ほどお世話になった後、またまた無謀にも独立してしまうのである・・・・・・・・・。
 だらだらと長くなり申し訳ないので、この辺で終わります。また、いつかチャンスがあれば、波乱万丈の人生をお話することがあるのか無いのか?
 最後までお付き合いくださりありがとうございました。
Design Div. A.Y.

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